ひさびさのドイツ映画でしたが、期待を裏切らない出来でした。
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東ドイツの秘密警察シュタージ局員であるヴィースラーが命じられた劇作家と舞台女優との夫婦の盗聴。国家を信じ淡々と仕事をこなすヴィースラーのもとに聴こえてきたのは「善き人のためのソナタ」(Die Sonate Vom Guten Menschen)。この曲を真剣に聴いたものは悪いことはできないという劇作家の言葉通りに、この時からヴィースラーは国家に対してささやかな抵抗を試みるようになる・・・。
修士論文では西ドイツの音楽教育について扱った。トルストイ『クロイチェルソナタ』に私の問題意識が集約されているのでちょっとばかり引用します。
音楽とはいったい何なのですか?音楽は何をしているのか?(中略)よく音楽は精神を高める作用をするなどと言われますが、あれはでたらめです、嘘ですよ!
音楽は確かに人間に作用する、それも恐ろしく作用します。これは私の経験から言っても間違いありませんが、でもそれは精神を高める作用などではありません。音楽は精神を高めるのでも低めるのでもなく、ひたすら精神を興奮させる作用をするのです。(中略)音楽は私にわれを忘れさせ、自分の本当の状態を忘れさせ、何か別の、異質な世界へと移し変えてしまうのです。
(トルストイ(望月哲男訳)『クロイチェルソナタ』光文社古典新訳文庫、p.286)
音楽を聴いて元気になるということはだれもが経験していることだと思う。ナチスはそのような音楽の作用を悪用して、コンサートを頻繁に開いて収容所の秩序維持など体制の維持に音楽を用いたといわれている。戦後西ドイツの音楽教育においては、紆余曲折はありながらもそのような音楽の悪用を防ぐために音楽を聴く力の育成や、音楽に関して議論をする力の育成が課題とされていった。
こんなことを修士論文で書いていたため、必然的に音楽の負の作用に着目し続けることになってしまったけれど、この作品は音楽の正の作用をあらためて私に示してくれた。ヴィースラーを演じたウルリッヒ・ミューへはパンフレットのインタビューで以下のように述べている。
(ヴィースラーのような)密やかな勇気は想像以上に東ドイツに蔓延していたのではないでしょうか。でなければ1989年、たった数ヶ月でDDR(ドイツ民主共和国)が崩壊することはなかったでしょう。
*ちなみにウルリッヒ・ミューへは東ドイツ出身で妻によってシュタージに密告されていたという過去を持っている。
自由で豊かな西側の情報を東側の人々はラジオから手にしていたということを耳にしたことがある。もしかしたらそのラジオから流れてきた自由でのびのびとした音楽が東側の人々に壁を打ち砕く力を与えたのかもしれない。そんなことを考えさせられました。時間的には長いけれど、長さを感じさせずに観られるオススメの映画です。