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つれづれなるままに綴っていきたいと思います。
             
    
              
    
                  
4月に就職、引越しなどがあったので、心機一転ブログを変更することにしました。よろしくお願いします。

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 ひさびさのドイツ映画でしたが、期待を裏切らない出来でした。
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 あらすじ
 東ドイツの秘密警察シュタージ局員であるヴィースラーが命じられた劇作家と舞台女優との夫婦の盗聴。国家を信じ淡々と仕事をこなすヴィースラーのもとに聴こえてきたのは「善き人のためのソナタ」(Die Sonate Vom Guten Menschen)。この曲を真剣に聴いたものは悪いことはできないという劇作家の言葉通りに、この時からヴィースラーは国家に対してささやかな抵抗を試みるようになる・・・。


 修士論文では西ドイツの音楽教育について扱った。トルストイ『クロイチェルソナタ』に私の問題意識が集約されているのでちょっとばかり引用します。


 音楽とはいったい何なのですか?音楽は何をしているのか?(中略)よく音楽は精神を高める作用をするなどと言われますが、あれはでたらめです、嘘ですよ!
 音楽は確かに人間に作用する、それも恐ろしく作用します。これは私の経験から言っても間違いありませんが、でもそれは精神を高める作用などではありません。音楽は精神を高めるのでも低めるのでもなく、ひたすら精神を興奮させる作用をするのです。(中略)音楽は私にわれを忘れさせ、自分の本当の状態を忘れさせ、何か別の、異質な世界へと移し変えてしまうのです。
(トルストイ(望月哲男訳)『クロイチェルソナタ』光文社古典新訳文庫、p.286)


 音楽を聴いて元気になるということはだれもが経験していることだと思う。ナチスはそのような音楽の作用を悪用して、コンサートを頻繁に開いて収容所の秩序維持など体制の維持に音楽を用いたといわれている。戦後西ドイツの音楽教育においては、紆余曲折はありながらもそのような音楽の悪用を防ぐために音楽を聴く力の育成や、音楽に関して議論をする力の育成が課題とされていった。

 こんなことを修士論文で書いていたため、必然的に音楽の負の作用に着目し続けることになってしまったけれど、この作品は音楽の正の作用をあらためて私に示してくれた。ヴィースラーを演じたウルリッヒ・ミューへはパンフレットのインタビューで以下のように述べている。


 (ヴィースラーのような)密やかな勇気は想像以上に東ドイツに蔓延していたのではないでしょうか。でなければ1989年、たった数ヶ月でDDR(ドイツ民主共和国)が崩壊することはなかったでしょう。

*ちなみにウルリッヒ・ミューへは東ドイツ出身で妻によってシュタージに密告されていたという過去を持っている。


 自由で豊かな西側の情報を東側の人々はラジオから手にしていたということを耳にしたことがある。もしかしたらそのラジオから流れてきた自由でのびのびとした音楽が東側の人々に壁を打ち砕く力を与えたのかもしれない。そんなことを考えさせられました。時間的には長いけれど、長さを感じさせずに観られるオススメの映画です。
論文も終わったので再開してみたいと思います。
また数行からのリハビリからになるとは思いますが。

いつもの観たい映画リストからです。

あるいは裏切りという名の犬
(シネ・リーブル池袋、テアトルタイムズスクエア)

赤い鯨と白い蛇
(岩波ホール)

イカとクジラ
(新宿武蔵野館)

リトル・ミス・サンシャイン
(シネ・リーブル池袋、シネクイント)

エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?
(渋谷シネ・ラ・セット)
内田樹のブログに以下のような言葉が綴られていた。

「学校というのは子どもに「自分は何を知らないか」を学ばせる場である。
(中略)
たくさんの教科を学校が用意しているのは、ほんらい生徒たちに「自分が何を知らないか、何ができないか」を知らせるためである。世の中には自分の知らないことがたくさんあるんだ・・・と思うことができれば、それだけで学校に行った甲斐はある。それだけで十分といってもよいくらいである。」

大学に学ぶうちに自分は何も知らないんだなと思い知らされたことがある。もちろん高校時代に学んだことが無駄だったとは思わないけれど、自分が何を知らないのかについては学べなかった気がする。良識ある先生たちからのメッセージを汲み取るだけの感受性を育むことができなかった自分の責任なのだろうけど。
正直なところ、原作の意図をあまり汲み取っていない「日本沈没」よりも、メッセージもストーリーもよく練られているこちらの方を全国上映した方が良いと思いました。

評価の高かった前作の「日本沈没」(73年)とテレビドラマ版『日本沈没』(74年)でそれぞれ主演した藤岡弘と村野武範が「日本沈没」ではなくて、こちらに出演した理由もこのあたりにあるんじゃないかなと思ってます。

この絵本が出てくるシーンが印象的でした。

外国人が一つの国に大挙として押し寄せてきたときにそこに住む人々が、いかように振舞うかはその国の成熟度を測るバロメーターなのだろうなと思いました。

てぶくろがぎゅうぎゅうだからもう入れないよと拒むのか、一人一人が少しずつ詰めて暖かく受け入れてあげるのか。

色々考えさせられた映画でした。